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アイドル万華鏡 |辛酸 なめ子

アイドル万華鏡アイドル万華鏡
辛酸 なめ子
コアマガジン 刊
発売日 2005-09-03



ガーリィとかファムファタルといった女性感覚への鋭敏さ 2006-04-08
 辛酸なめ子(SN)を語る時、どうしても夭逝したナンシー関(NS)のことが頭をかすめる。「まだまだ死ぬべき人ではなかった」というナンシー関への熱い思いが、どうしても辛酸なめ子に対する比較的視線、あるいは期待過剰を生んでしまうのだ。辛酸なめ子にとってはこの上なく迷惑なことだろうが。

 両者とも人物批評の才を持ちながら、その資質は対極的とも言える。ナンシー関の「アッパー」「乾」「理」「客観」「精巧な消しゴム版画」に対し、辛酸なめ子は「ダウナー」「湿」「情」「主観」「へたうまイラスト」。もっとも異なるのはナンシーがその巨体風貌により性差や美醜を超越していたのに対し、辛酸はその「女性」性(嫉妬心とか)がウリである点だ。ナンシーは批評対象と別の位相に自らを置くが、辛酸は“同じ女性として”対象者に批評を加えるのである。それはSNとNSの自意識の持ち方の違いでもある。男性である僕は、ナンシーの人物批評を読むとき、ナンシーの自意識を意識することなく、99%の確率で共感したが、辛酸を読むときは「女性はこう考えるものなのか」とその文脈を読み、70%の確率で感心する。ナンシーは多分、自意識なんか超越して、99%の人々の共通意識を批評として的確に吐き出す「精密客観批評装置」という稀有な存在だったのだ。

 ただ、今の時代、ラカンの命題「女は存在しない」に準えれば、「女しか存在しない」時代であり、辛酸なめ子言うところの「ガーリィ」や「ファムファタル」といった女性感覚に対する鋭敏さは貴重だと思う。そこが、ますます辛酸なめ子から目が離せない所以なのだ。


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